キューポラのある街

更地のままのほうが高く売れることもある

また、分譲団地の建替は需要の多い都心部では簡単に成立するものの、郊外の団地建替は困難を来す。こうした住宅ストックも時代の変遷の中で多様な問題を抱えており、一つ一つ解決しなければ持続する地域経営を進めて行くには難しい課題が存在している。地域はこうした住宅の活用や都市再生の重要課題を抱えており、行政は住民と共果敢に難問に取り組んでいると思われるが、現実的には一つの行政単位では解決できないものも多く、公営住宅問題などでは国の制度の柔軟な運用でもない限り解決できない背景を孕んでいる。
こうした問題に対しては行政も非力である。専門性を持たない行政はこれしかしまで外部の専門性の高いコンサルタントに依頼してその解決方法を探ってきた。資金力の無くなった行政にはその手だてもなく、手をこまねいて見ているだけに止まってこうした中にあってニュータウンは人材を豊富に持っている。

専門性の高いコンサルタントも住んでおり、居住者とタイアップすることで資金不足をカバーすることも可能だ社会の第一線に活躍する熟達した専門家が多い高齢化で過疎地になった地域との違いは、と言うことで、その力は多大である。こうした専門家の活用が今後のニュータウンを方向付けることになる。

ここは一つこうした専門家と協力して街の再生を図ることも行政施策としては有効であろう最初の開発地、多摩市の未来多摩市は多摩ニュータウンの人口の半分を占める市であり、多摩市の人口の七割が多摩ニュータウン人口であるという状況から、多摩ニュータウンの現状を把握し将来を占うために、多摩市のデータのみを多摩ニュータウンの現状分析の根拠として活用してきた経緯がある。

赠与契約は各年のものであり結果として、多摩ニュータウンの未来は少子化により学校閉鎖も相次ぎ、モータリゼーションで近隣の商店街は衰退し、急速な高齢化と共に疲弊する多摩ニュータウンの姿として広く社会に広める結果となった。階段ばかりの建物は住みまた多くの報道では、続けられない住宅ストックであり、転出が相次ぎ空き家が増加して人口が減少し続けていると語られると共に、住み替えられない高齢者が取り残され、都市の活力が奪われていると伝えられている。その結果、市の行財政は高齢者の増大で財政的にも逼迫して暗澹たる経済状況に陥るというシナリオが描かれる。

それを裏付けるように、国立社会保障·人口問題研究所の将来推計データベースで多摩市の今後の進行を予測してみると、ほぼ二0四0年頃には一五六四歳の就労人ロ対象年齢とその他の人口が拮抗し、人で一人を支えるという時代になると予言しているように見える推計では高齢者と子供を支えることが、就労世代の負担として大きくのし掛かることが明らかであり、とりわけ110〇五年には高齢者の数と一五六四歳人口が等しくなり、いよいよ高齢者を支えることが難しくなると予測される。
こうした推移は就労年代人口のみが急減していくという予測の上で、将来の多摩市の姿を想像するには十分なデータとして映る。確かに日本全国の推移と比較すれば一目瞭然である。多摩市の二〇五〇年では高齢者数と一五六四歳の数が並ぶのに比較して、全国値の110五0年では六五歳以上の高齢者は三五パーセント台とまだまだ低く、その差は明らかだ。それだけ多摩市の高齢化は深刻であると言える。

推計される高齢者の絶対数四万人弱の居推計されていると受け止めることも可能だ。必ずしそれ以降は設備投資する必要がないことになり、住環境をあらかじめ準備すれば、目標値が明確になればそれを実現も悲観的な状況には至らないことに気づくべきである。多摩市には高齢者施設に転用できる休校になった学校施するための方策を考えればいい。公共投資の少ない施設設がある。

それを高齢者が居住できる住宅施設に活用することで、整備が可能であるその為には中堅勤労者世帯にふさわしい住まいの六四歳の減少であり、問題は、一五提供がポイントになる。

放棄した理由に合理性

実態として明らかな高齢者予備軍と三0代世代の住み移り現象は多摩市の若返り化を示しており(一七)、家族数のこうした住み替えを促進するためにも、そのこ少なくなった高齢者世帯をバリアフリー住宅へ住み替えさせる施策が必要になる。また、今後余剰が顕在化するであろう都とで空き家になった住宅に若い世代が転入する。すでに高齢者の居住を支える制度と市機構住宅や公社賃貸住宅のストックの活用がある。
こうしたストックのして高齢者向け優良賃貸住宅による活用が行われている所であるが、中堅勤労者世帯の流入を促進することが可能と有効活用を若い世代へも展開することで、なる

人口減少社会の到来は、地域間競争を促すことになり、その勝者が日本社会をリードすその一つの都市になるのが多摩ニュータウン居住者の願望であろう。
そのためには、る。
住民が自らの責任によりまちづくりに取り組み、自らの財産や資産を地域に投資して、地域をさらに活性化することによって広域的な資金流入を呼び込むような仕組みが必要でぁる。活性化する都市には資本が集積するのだから、資本の流れを多摩ニュータウンに集約する流れを生み出すシナリオを提案しよう。都市はそこに住む市民の意識によって大きく後ろ向きではなく、変化する。
前向きに都市の活性化を工夫して推進すれば、人口減少社会は怖くない。多摩ニュータウンの合併はあるか平成の大合併が全国で進行する中、多摩ニュータウンでの合併も当然議論になるはず。とりわけ市域規模一七.九七平方キロメートルの稲城市の場合、隣接する11.0八平方キロメートルの多摩市と合併して三九·〇五平方キロメートルの新市になることを想像することは容易だ。
多摩市での街開きが一九七一年に始まり110年近く遅れて稲城市の多摩ニュータウン開発が始まった。
最初の街開きは一九八八年に始まり現在もなお大量の住宅供給が進んでいる。
任せられる人がいないので稲城市に占める多摩ニュータウン区域の面積は、可住地として含まれない大規模なゴルフ場や広域公園を除くと、新たな区画整理区域を含める開発面積で見ると市域全体の可住地面積の半分を占めている

稲城市の場合には丘陵部の多摩ニュタウンと多摩川沿いの低地の既存市街地とに土地利用がはっきりと分かれていることや、既成市街地の土地利用が比較的旧来の農地をベースとした市街地で人口密度も比較的低いことから、ニュータウン開発による人ロ増加は市の人口構成を大きく左右させる要因となっ開発が新しいという背景から今後の人口増加の動きは依然顕著であり、少子高齢ている。

人口は伸び続け一五六四歳の人口の流入が継続し地域の活性化をもた化は進むものの、らすであろうことが容易に想定される。安定的な人口流入は子供の数を平均化し、多摩市のような小中学校の統廃合の懸念も少将来に向けては高齢者の数は増えなく、就労人口の維持は税収の安定に繋がる。

しかし、高齢者施設や保健医療施設の整備では新規に対策をたてるしかないことが予想され続け、つまり、多摩ニュータウンを稲城市域の情報のこれも多摩ニュータウンの姿である。る。多摩市を根拠とする想定とは一八0度異なり、日本の中でもトップクラスのみで占うと、発展を遂げる地域として位置づけられるように見える。

地域振興

日本全体の動きとは大きく異なり人口増加は続くと予測されるのが稲城市の人口推計である。今後五〇年間、基礎調査が自治体単位であ多摩ニュータウンの未来を占うことの難しさはここにある。四市に跨る多摩ることの限界が多摩ニュータウンの今後を占うことを阻害している。ニュータウンの解りにくさが露呈した形になったが、東京都すら詳細に把握していないのほぼ供給が止まり掛けている八王子市域、開発区域が現実である。
勢いのある稲城市域、そしてすでに人口減少が続く多摩市域の姿が多に限界があり拡大の余地のない町田市域、摩ニュータウンである。

今後、多摩市域では、この所の都市機構の多摩センター周辺でのマンション用地分譲の多少流入人口の増加が見込まれるものの、活発化で、総人口の回復は一時的、限定的なものになると想定される。
絶対数の多い八王子市域では都の未処分用地の売却が概ね完了しておりこれらの土地利用が継続するが、これまでのようなスピードでは建設は進まないと思われ、世帯分離で人口増も安定から縮小に移ると予測される。
町田市域においては住宅適地が少ないこともあって、全体の人口増加に寄与する余地はそれほどないように思うこのように多摩ニュータウン全域の人口推移は、結局のところ今後の土地利用の動向によって決定されることになる。
バブル経済崩壊以降、町田市域の土地の売却から南大沢周辺の東京都の土地売却で勢いがついたマンションブームは、バブル崩壊で売却された施設用地をマンション用地に変え多摩ニュータウンに点在する未利用地にマンションを発生させ、多摩センター周辺の住宅付置が可能になった土地を我先にとマンション業者が土地を仕入れて、連鎖反応的にマンション供給が継続している。

母親を老人ホームに入居させたそして、さらにマンション供給は多摩ニュータウンの周辺部へと広がり、大規模なマンション供給が続いている。多摩ニュータウンの合併は無理に組み立てるのではなく、ここまで解いてくると、多摩ニュータウンの情報整理と都市経営的な考え方が全体として持ち込まれることが必要だということが解る。無理に同一の行政単位にすることなく、多摩ニュータウンエリアの持続可能な発展を計画的に誘導するシステムがあれば良いことになる。
町田市のゴミ問題も多摩市の高齢化問題も稲城市の学校問題も八王子市の施設整備問題も多摩ニュータウンを!つとして考えることで解決することが多々あることに気づく。そこで、多摩ニュータウンにふさわしい多摩ニュータウン経営を前提にした行政施策を専門にする組織を成立させることを提案する初期には多摩ニュータウン学会などの学術的な組織がバックアップするシンクタンクのような組織でも良い。
その中で、多様な議論を経て、各自治体に事業計画を降ろしていくむろん各自治体からの人材を登用しての組織であり、ことになる。
自治体本体との強いパイブを形成した上で、多摩ニュータウン独自の政策を打ち出すことになる。そこで政策が各自治体の事業予算とのバランスの中で年度ごとの事業を推進する整ったものについて、出来る限り足並みを揃えることが必要だが、ことになる。